2011年09月25日

のんのん空を飛ぶ 海外家族旅行「台湾編」 その8

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最終日。

朝8:30の飛行機で立つので、早朝5時起き。
眠い目をこすりつつ荷物をパッキングし、
台北駅近くのバスターミナルへ移動。

バスターミナルのコンビニ「全家」(ファミリーマート)で
早朝のためか、まだ味が染み込んでない関東煮(おでん)と
肉まんで朝食をとり、バスに乗車。
約1時間で桃園空港へ到着ー。

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チェックインを済ませ、
約4時間のフライトで新千歳。
あっとゆーまですな。

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前回のタイ旅行に較べて、自分達も慣れたせいか、
のんのんも調子良く過ごせました。
あとがとう。

自分達にとって、今まで台湾は
近いのに意外と知らない国でしたが、
また、街に残る史跡や人たちのふれあいを通して、
逆に日本のことについて考えさせれる国でありました。

嫁も今回の旅で台湾をすごく気に入ったみたい。
絶対また行こーねと決めたのでありました。


(のんのんが2歳になるまであと半年か…)


(おしまい)

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台湾のお土産のかずかず
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2011年09月24日

のんのん空を飛ぶ 海外家族旅行「台湾編」 その7

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(九份行きバス停でわしのペンを掲げて踊るのんのん…なぜに?)

明日は朝から移動なので、
今日は実質、台湾最終日。

行きたいところはまだまだあったけれど、
急ぎ足であちこち回るのは、我が家の旅スタイルにはあわない。
余裕が無いのはやだもんなー。

んで、行きたいところを絞った結果、故宮博物院へ。

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「故宮博物院」
中華民国政府が共産党との内戦に敗れ、
台湾に運び出された美術品が所蔵されている。
共産党の文化大革命を逃れて保管することが出来たとも。
所蔵品、その数ぬわんと60万点以上!
まともに見たら8年かかるとかかからないとか?!

展示されているのはその一部とはいえ、まともに見ていられないので、
個人的に興味のあった青銅器や玉石、彫り物を中心に見て回ったけれど、
それでも大変じゃったあ…ふー。


一度ホテルに戻りお昼寝。

嫁はホテルでもう少しお休みモード。
なので自分とのんのん2人で九份デート。

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地下鉄〜バスと乗り継ぎ、片道約70分で無事に九份到着。

さすがの観光スポットで人、人、人〜。
父親だけの小さな子連れは珍しいのか、あちこちからお声がかかる。
「可愛い〜♪」
「写真撮らせて下さ〜い♪」
(もちろん、のんのんだけ…あたりめーだ!)

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どこか郷愁を憶える、赤提灯のともる路地をてくてく歩き、
途中で買った10元のカチカチあずきアイス。

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タロイモ団子の入ったぜんざいは、のんのんもぱくぱく食べてた。
美味しかったねー♪

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九份の夜の雰囲気は不思議な空間って感じでしたが、
海の景色も良さそうなので、今度は、
夕暮れ時にも訪れてみたいですなー。


さて帰ろうと台北行きのバス停に向かうと、しっどい行列!
こんなのを延々と並ぶのは嫌。
瑞芳駅行きのバスに乗り、瑞芳駅から自強号で帰ることにする。

切符を購入し、列車の時間まで駅の待合室にて、
のんのんはおやつ、自分はビールでのんびりと。
ぐびり。

列車に乗り、無事にホテルに戻る。
のんのんは道中ぐずること無く一緒に過ごしてくれました。
最初は少し心配だったけれど、意外と何とかできるもんだねえ。


その間、嫁もゆっくり休めた様子。
宿近辺を散策しつつ、お土産をたくさん買ってきてくれていた。
ありがとー。


さて、台湾の夜は今日で最後。
今回の旅行で出あった人や思い出に感謝しつつ、
嫁と2人でビールでお疲れ様。乾杯。
よいーん…


(つづく)
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2011年09月23日

のんのん空を飛ぶ 海外家族旅行「台湾編」 その6

今日は宿のオーナー・片桐さんのガイドによる
「世界不思議発見!まるごと1日太魯閣渓谷観光ツアーの日」
「台湾をなめたらいかんぜよ!(オーナー談)」
同じ宿に泊まった大学生と一緒に回ることに。

次々と出される「な〜るほど・ザ・台湾」のクイズで
気分は坂東英二!(なんかいろんな番組が混ざってる…)

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(↑ 狛犬にめんこめんこをするのんのん)

台湾のガイドブックを読むと、必ず出てくる太魯閣渓谷。
渓谷の壮観さはもちろんだが、それ以上に自分と嫁が
興味を引かれたのは、日本統治時代の台湾東部の開発と
太魯閣渓谷から西部にいたる横断道路を作るまでの歴史である。

片桐さんは日本では完全に埋もれてしまっている
かつての日本人が情熱をかけて開発した台湾、
特にこの花蓮を中心とした東部開発について
詳しく教えてくれました。

(この東部開発についてはここが端的で分かりやすいかな)

日本による台湾の開発は、
もちろん「日本のため」と言う側面はあり、
賛否両論あるところであるものの
実際に携わってきた先人たちの努力と情熱を知ることは
日本人として生きていく自分にとって、とても大切だと思うんだよなあ。

そんな歴史を考えながら歩くと
台湾の景色もまた違う視点で見えてくる。


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東海岸は、切り立った山の反対側がすぐ海という地形。
山から流れる模様のある石がごろごろたくさん。
(砂岩をベースに石英の白いライン)

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キリスト教会の文字が掲げられた鳥居が
その複雑な歴史を語る「新城神社」

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「清水断崖」
蘇澳と花蓮を結ぶ全長133kmにおよぶ臨海道路の一部。
日本統治時代に14年間かけて多くの犠牲者を出しながらも作り上げた道路。

それまでの東側は、海上しか輸送ルートが無く、
その荷揚げ港だった花蓮は当時「花蓮港」と言う地名だったそーです。
当時「波が荒くて入れん港、一度入ると帰れん港、米がまずくて食われん港」
と言われていたのを読んでも相当大変だったのが分かりますな。
しかし、この断崖を130キロも走る運転手は命がけだったろうねえ。


さていよいよ太魯閣渓谷に。

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↑ のんのんもヘルメット着用!

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太魯閣の道は、当初はこの地域に住んでいた
先住民族を討伐するための軍事道路として、
その後は治安と教育のための駐在さん達や現地の人が
移動するための道路として開発。
戦後は国民党が共産党との戦時に備え、
補給路として引き続き開発されたそーな。

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高さ400〜600mの断崖絶壁の中腹に作られた当時の古道(錐麓古道)は、
幅わずか60〜90cmで片側は垂直岸壁、片側は深い渓谷という恐怖の道。
当時の駐在所勤務の警官やその家族は、この道を通って
命がけで赴任していたんだなぁ。

現在はその一部10,3kmほどを、
一日約40人限定の許可制で歩くことも出来るとのこと。
おっかないけれど、当時に思いをはせて歩いてみたいですな。

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のんのんも古道の一部をトレッキングしてみました。
(段差も砂利道もなんのその。2kmの道のりをほとんど自分の足でてくてく)

それまでの中国の政府が「化外の地」として開発を諦めた土地を
こんなところにまで道路を作ってまで開発し、
教育の普及をさせようとする日本人の生真面目さに
ただただ驚きと畏敬の念。すごいね…


ツアー後は、花蓮駅から自強号「太魯閣号」に乗って台北まで移動。

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列車に揺られながらビールを飲みつつぼんやりと考えたことは、
自分の知らなかった台湾と日本の歴史が
またひとつ頭の中に刻まれたとゆーこと。
片桐さん、ありがとうございました。

約2時間で台北駅到着。
宿に着き、色んな情報が入りすぎた頭をゆっくり休ませました。
ぐー…

(つづく)
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2011年09月22日

のんのん空を飛ぶ 海外家族旅行「台湾編」 その5

前夜の家族会議の結果、
今日は台北市内を見学して、その後花蓮まで移動して宿泊。
んで翌日は太魯閣渓谷を観光しようとゆーことに。

なので、今朝は今晩のお宿と移動チケットの確保から始まる。
(おいおい、行き当たりばっ旅もいいとこだな)

ホテルスタッフの協力を得て、飛行機のチケットを予約し、
電話で花蓮の「馨憶精緻民宿(しんいせいちみんしゅく)」で
宿泊と翌日の太魯閣渓谷を観光ガイドもOK。

ギリギリだけどなんとかなりました。
よかったよかった。

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(↑ のんのんは、大好きなクロネコを見る度に『みーみ!』と指差してご満悦)

さて、台北駅の行李房にトランクを預け、市内へおでかけ。

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二二八和平公園から、日本統治時代は「台湾総督府」と呼ばれていた「台湾総統府」へ。

総統府前で写真を取っていると、
「日本から来られましたか?」
と年配のご夫婦から声をかけていただいた。

お話をすると、かつて福岡県に留学していたという
日本統治時代の台湾を知るおじいさん。
「この総統府のレンガは台湾の土で作られたんですよ。」
「台北が空襲を受けたとき、私はこの近くに逃げてきましたが
 その時の爆撃でこの総統府は少し傾いています。」
などとたくさん教えてくれました。

「NHKは毎日見てます。今は大相撲7日目ですね。」
などと日本の情報もチェックしている様子。

自分達が日本人だからなのか、色々と親切に教えていただき、
本で読んでいた多桑(トーサン)世代の方とお話できて嬉しかったなー。

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ついで、中正紀念堂では一糸乱れぬ銃剣の舞(?)を演じる
衛兵交代を見学し、老熊牛肉麺店でお昼ご飯。

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日本語が少し離せるお店のお兄さんが
メニューについても色々親切にしてくれました。

その後の郵政博物館、来館者は我々だけのがらがらなのに
各階のスタッフだけはたくさんいておしゃべりに興じていたなー。
大丈夫か?といらぬ心配をしてしまう我々なのでありました。


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地下鉄に乗り、今度は士林区にある
日本統治時代に台湾の教育に殉じた6人の日本人教師をはじめ、
その後も330人が祀られていた「芝山巌神社跡」へ。

まだ治安が不安定な時期。
この地で日本語を教えていた教師達は、反対する匪賊の危険を顧みず、
襲われたときにも説諭をしたのですが、結局殺されてしまいました。

でもこの精神が後の台湾の教育に熱意として受け継がれ、
終戦時には、台湾の識字率が90%を越えていたというから驚きだ。

戦後は、国民党に神社は破壊されてしまいましたが、
この時、神社の隣にあった恵済宮の住職さんが、
六士先生の墓跡から遺骨を密かに移し、
無名の墓を造って祀っていてくれたそうです。

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六士先生とお墓を守ってくれた
住職さんの温かい心に感謝しつつ手を合わせる。
ありがとうございました。


もう少しじっくり見たかったけれどここで時間切れ。
急いで台北駅に戻り、タクシーに乗って松山空港へ。

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花蓮空港まではわずか35分のフライト。
プロペラ機は初めてでしたが、ジェット機と違ってふわふわした感じがする。
離陸したと思ったら、13分後には着陸準備で、ホントあっという間だな。

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宿のオーナーに送迎をしていただき、
今日のお宿に無事到着〜。

安心したらお腹がすいたので、宿の近くの「液香扁食店」で夕食。
ここのワンタンは、台湾でも一番の味との評判だそうで、
めちゃうまー♪(60元)


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明日は、太魯閣渓谷ツアー。
どんな景色が俟っているのか楽しみ楽しみ。


(つづく)

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2011年09月21日

のんのん空を飛ぶ 海外家族旅行「台湾編」 その4

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嘉義に来たのは、東石郷副瀬村・富安宮に祀られている
「義愛公」に会いにいくため。

義愛公とは、日本統治初期の明治時代に赴任していた
「森川清治郎」巡査のこと。

治安維持はもちろんのこと、寺子屋を開いて住民に読み書きを教えたり、
農業指導などを行い、地元住民に大変慕われていたそうです。

やがて台湾総督府が新しい課税を行なうことに対して、当時
貧しい方が多かった村は立ち行かなくなり、森川巡査に助けを求めたそうな。
見かねた森川巡査は、台南州東石支庁へ赴き、減税を求めたところ、
住民を扇動していると誤解を受けて訓戒処分を受け、
抗議の自決をされてしまいました。

その約20年後、村近隣に脳炎などの伝染病が流行した際、
当時の村長の夢枕に森川巡査が現れ、
「環境衛生に心がけ、飲食に注意し、生水、生ものを口にせぬこと」
といったお告げを受け、これにより疫病の流行をまぬかれることができたと伝わっています。

こうして森川巡査は「義愛公」として、
巡査姿の御神体が祀られ、今でも大切にされているそうです。


しかし、この場所がなかなか分かりにくく、
おまけに嘉義の街から副瀬村まではそれなりの距離がある。
前日、嫁が村までの行程をホテルのマネージャーと聴くと
「すごい辺鄙なところだから、何かあったら連絡してね、たとえ真夜中でもね」
とまで心配されてしまったそーな。

…そんなとこなのか?

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で、まずは台湾高鉄のシャトルバスに乗り、
嘉義の隣り朴子市内まで移動する。
そこからタクシーに乗って副瀬村まで行こうと思ったのだが、
タクシーが全く通らなーい!

仕方ないので、嫁とのんのんをバス停に残し、
タクシーを捜しにテクテク歩いて訪ねた先の警察署の方が
タクシーを呼んでくれ、乗れてほっとしたのもつかの間。

「あれれ?のんのんと嫁のまつバス停に寄らないじゃんか?」

乗るときに、まずはバス停まで言ってくれと伝えたつもりが、やはり言葉の壁。
正確には伝わらなかったんだなー。
結局タクシー拾うのに1時間以上。
タクシーのおじさんに気合で意思を伝えて、ようやくのんのんと嫁を迎えに行けた。
炎天下、日陰がある場所とはいえ申し訳ない。しかし冷や冷やしたな、もー。

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タクシーで15分ほどで目的地「東石郷副瀬村・富安宮」に到着。
現在建て直し中らしく、義愛公の像は仮設のお堂にありました。

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中に入ると、管理人らしきおじさんに、こうやってお参りするんだよと教わり、
さらに台湾人の方が書かれた冊子「義愛公伝(日本語訳)」をいただきました。

お参りした後、筆談で、
「ここに来れて義愛公に会えたことが嬉しい」
という意味の文を書いておじさんに見せると
「そうかいそうかい」といった表情を見せてくれました。
ありがとうございました。


さて、帰ろうか。

…しかし、どうやって帰る?

バス停は一応あるものの、2時間以上の待ち時間があるらしい。
タクシー拾おうにも車すら殆ど通らない。

近所でうろうろしていると、近くの雑貨店のおばさんが
うちで休みなさと声をかけてくださり、
事情を話すと電話をかけてタクシーを呼んでくれました。

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お礼に電話代を渡そうとすると
「そんなものいらない、いらない!」と仰り、
あまつさえ、のんのんにジュースと風船のおもちゃをくれました。

来たタクシーも、メーターが付いていない?!
おそらくは、おばさんが車を持っている知り合いに電話をして
乗っけてやってくれないかとお願いして下さったのだろう。
おばさん、本当にありがとうございました。

車の中では、なぜか日本の演歌「北酒場」。
運転手のお兄さんの趣味らしい。
こんなところで、聞けるとはなんか嬉しい。


そんなかんなで、無事にバス停に戻ることができ、
そこからは高鉄嘉義駅までBRTで移動(高鉄利用の場合、無料)。
高速鉄道に乗って台北を目指す。

列車の中で、台湾ビールをぐびりと飲むと、
ようやく一安心。ふー。

義愛公に行って帰るまで、色々あったけれど、
たくさんの人たちに助けていただいたことに本当に感謝。
これも義愛公のお陰かもしれないなー。
などと、列車の中で考える。


再び台北。
ホテルに入った後は饒河街観光夜市へお出かけ。
ご飯を食べ、嫁が足裏マッサージ(40分400元)を受けている間、
のんのんと一緒に屋台をぶらぶらする。

夜市は、お祭りのように屋台がいっぱいで楽しー。
(でっかいエリンギの炭火焼・わさびソース味が衝撃的!)

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↑ この屋台の小龍包は、肉汁たっぷたぷで美味ーい♪

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今日は久々に太陽の下での行動だったので、
家族みんな、ややお疲れモード。

のんのんが寝た後、明日の計画を嫁と練りつつ
夜は更けていくのでありました。

(…って、明日の予定決めてないのかっ?)


(つづく)
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2011年09月20日

のんのん空を飛ぶ 海外家族旅行「台湾編」 その3

日本統治時代、金沢出身の日本人、八田與一氏が
塩害と干ばつのひどかった嘉南地方を灌漑するために造り上げた
当時アジア最大級のダム「烏山頭水庫」。

このダムの完成により、嘉南地方は実り豊かな土地になり、
台湾の人たちは、今なお八田與一氏の命日に
お礼の気持ちを持ち続けているそうな。


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台南駅から列車に乗り、降田駅で下車。
駅ではトランクを無料で預かってくれる、ありがたい。
(預かり所の名称は、ずばり「行李房」)

駅前タクシーに乗り、約15分ほど走ると烏山頭水庫に到着ー。

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まずは今年の5月に完成したばかりの「八田與一記念公園」を見学。
当時の職員住宅を再現したものは、改築前の様子の写真から
想像できないくらい立派に立て直されていて驚いた。

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タイミングよく、内部を見学できる時間に重なった。
職員住宅の内装の一部には
金沢市から運んできた資材が使われているらしい。
すごいね。

お土産コーナーでは、八田氏を描いた長編アニメ映画
「パッテンライ!! 〜南の島の水ものがたり〜」のDVDをお買い上げ。


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続いて、八田氏の銅像と奥さんの外代樹さんのお墓に御参り。

この銅像は、戦時中の金属供出の時にも
地元の有志がそっと隠し続けて、今に残るもの。
そして、八田氏の命日には、今でも慰霊祭が行なわれている。

ダムの製作に懸けた八田氏の情熱と銅像を守ってくれた台湾の人々への
感謝の気持ちをこめて手を合わせた。

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しかし、とにかくダム湖は広いのなんの。
果てがみえませーん。

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殉工碑には、ダム工事で無くなられた方々の名前が
日本人、台湾人区別無く刻まれている。

当時の設計図や八田氏の写真などが
展示してある「八田與一記念館」も少し見学した。

1942年に八田氏はフィリピンへ向かう途中、
アメリカ軍の魚雷攻撃にあって亡くなり、
終戦後、外代樹さんは烏山頭ダムの放水口に投身自殺をされたそうです。

日本が台湾から引き上げなくてはならなくなり、
台湾のために夫が作り上げたこのダムに身投げする
奥さんの気持ちはどのようなものがあったのか…


じっくり見すぎて列車の発着時間ギリギリセーフ。
タクシーのおじさん、ありがとう。


降田駅から次の目的地、「嘉義」へ向かう。

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ホテルに入り、駅で買った「便富」で腹ごしらえ。
これは日本語の「弁当」が語源で、今も台湾語として残っているもののひとつ。
ご飯の上に、お肉や煮卵、漬け物など、おかずが乗っていてうまい。


少し休んだ後は嘉義の街を散策。

嘉義公園の神社社務所を利用した資料館を見学。
石灯籠や狛犬、手水舎も残っているが、
本殿は無く、そこには忠烈堂が作られている。

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日本時代のものはあっても中身は日本じゃないんだなあ。
当たり前だけど、なんだか複雑な気分。


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↑ 台湾の嘉義で、歌うはなぜか「子ども盆踊り唄」

日が暮れかけた嘉義公園を後にして、屋台ではしご夕食。

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七面鳥の肉のせご飯「火鶏肉飯」に、麺ものに、
名前はよく分からないけれどどれも美味しかったー♪
台湾で食べるものは全部口に合うなあ。

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帰りのタクシーで街中を見ると、
遅い時間でもお店は開いているし人がいっぱい。

台湾の人たちって宵っ張りなのかね。

お腹いっぱい、おやすみなさい。


(つづく)
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2011年09月19日

のんのん空を飛ぶ 海外家族旅行「台湾編」 その2

台湾2日目は、台南へ移動。

台南は歴史の古い街で、
日本で言えば奈良・京都のような街らしい。

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台北駅から台湾高速鉄道「台湾高鐵」に乗り、
西側の景色を眺めながらの列車旅。
(乗り場を教えてくれた親切な駅員の方に感謝)
のんのんもはしゃいでおりました。

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2人でNT$2610なり。(約9000円)
日本の新幹線より安いかな?

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で、約1時間半で台南駅に到着〜。

「あー、回転寿司のお店があるー!」
駅舎の中のその店舗、どんな感じか入ってみると、
「いらっしゃいませー」と日本語でお出迎え。

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ネタも日本とほぼ変わらず、美味しい美味しい。
唯一違うものはといえば最初からサビ抜きで出てくることぐらいか?

あー、食べた食べた♪
さてと台南市街まで出ようかと思ったとき、
「のんのんの亀のカーティガン、列車に忘れたー!」
がびーん!

駅のインフォメーションスタッフの方に
日本語と台湾語、さらに英語と漢字の筆談でその旨伝える。
スタッフの方もこちらの意図を汲んでくれようと一所懸命。
見つかったらホテルに連絡してくれるとゆーとこまでまとまりました、ハイ。

結局、カーティガンは見つけられなったけれど
台湾人の親切心に触れられたような気がしましたな。


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さて、台南市街に入る前に、台鉄沙崙線に乗って
台湾鉄道の駅「保安駅」にちょっと寄り道。

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ここは日本統治時代に作られた駅舎をほぼそのまま保存、
しかもいまだに駅員がいる現役の駅だそーで、
確かにどこか懐かしい雰囲気がありました。

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縁起がよいとされるアイテム「保安駅〜永康駅」の切符を購入し、
もう一度列車に乗って台南駅に到着。ふひー。

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ホテルにチェックインした後、『鎮安堂飛虎将軍廟』へ。

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大東亜戦争末期1944年の台南沖航空戦で零戦で出撃。
多勢に無勢の米軍機に撃墜されつつも
眼下にあった集落を避けられるまで操縦して脱出。
しかし機銃掃射を浴びて戦死された杉浦茂峰少尉。

地元の人たちは集落を救ってくれた英雄として
ここに杉浦少尉を神様として祀っているのである。
日の丸まで飾ってありました。

反日体制が厳しかった戦後の時機を乗り越え、
地元の人たちの好意で今も残っている。

先人の勇ましさと地元の人たちの想いに、
日本人として感謝と尊敬の気持ちを持ちつつ御参り。


自分達がお堂に入ると、廟にいた管理人(かな?)の方々が
奥までどうぞと案内して下さって、色々な説明もお聞きしました。
お参りの後は
「まあ、座ってお茶を飲みなさい」
「どうぞこの肉饅食べなさい」
「このお菓子もって行きなさい」
「このお守りをどうぞ持って行きなさい」
「この杉浦少尉はね…」
と飲み干すたびに注がれ続けるお茶と、たくさんのおもてなし。

かつては日本だったこの地で
先人が行為を今も大事にしている台湾の人達に感謝。
皆さん、ありがとう。

僕らはこの人達の志を受け止められているだろうか…



さて、帰り道は台湾をかつて支配していた
オランダの城塞「ゼーランディア城」こと
『安平古堡(あんぺいこほ)』を散策。

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裏に入ると駄菓子屋通り(?)のような
懐かしい雰囲気のお店がいっぱい。

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↑ 『アイスのくじ』
針がぐるぐる回って止まったところによって
アイスを重ねて乗っけてくれる。10元なり。
この針の回転がはえーったら…

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豆花とタピオカ入りカキ氷。
豆腐とシロップの素敵な出会いって感じか?

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屋台の魯肉飯で夕食。
野菜の炒め物と魚のスープがうまー。

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アスパラジュースは微妙…

移動も含めて濃い2日目だったなー。


(つづく)
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2011年09月18日

のんのん空を飛ぶ 海外家族旅行「台湾編」 その1

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(台北駅前で)

你好〜!

遅い夏休みは、連休を利用し家族一緒に台湾へ。

旅のテーマは「日本統治時代の足跡を拝見」
で、裏テーマは「食とビール」(サブテーマがメインなのは内緒だ)


なぜに台湾か。

台湾といえば、
バナナと「ニイタカヤマノボレ」くらいしか知識がなかったが、
10年ほど前に『台湾論』(小林よしのり著)を読んで以来、
とても興味を持つようになった。

台湾の歴史において、日本統治時代50年間に行なってきた
我々先人達の業績は、大きな意味があるらしい。

台湾の人達には、その日本統治時代の足跡を
今も大切にしてくれている方も多いと聞き、
いつかは一度入ってみたいわ〜んと思っていたのだー。


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新千歳から台北直通のチャイナエアライン
14:35発に乗り、17:40に台北桃園空港に到着〜。

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栃木の実家に帰るのとさほど変わらん移動時間。
台湾って近いんだなあ。


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空港では、のんのんが現地の子どもに
「歡迎光臨〜」といきなり熱烈歓迎されてた。(言ってないけど)
子どもに国境は関係ないんだね。
のんのん、日台親善大使に任命!

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ホテルに入り、のんのんは疲れたのかすやすや。

わしらは台湾ビールと夜食で、無事の到着に乾ぱーい。

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とろみのある鰹だしが効いたスープの
細い麺「大腸麺線」がめちゃうまー♪

独特の臭みのある臭豆腐を揚げたのもうまーい。

いきなり美味しいものでストレートパンチ。

明日からの食べ物も楽しみ、楽しみ。


(つづく)





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2011年09月11日

大人のおもちゃ

P1120444.JPG

我が家にiphoneがやってきた。

そんなに使わんベー。
しかもsoftbankだし。

と思ってましたが、キャンペーンに負けたー。

11年5ヶ月使ってたauとも惜別。
さよなら〜。今までありがとう。


で、とりあえずぺたぺた触って遊んでます。
いろんなことできるんだね、面白いなー。


禁断の果実の味を知ってしまった自分。
もう戻れないかも…

posted by ぐれっち at 22:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 遊び道具 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする